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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8208号 判決

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木清子

被告 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 岡田春夫

同 小池眞一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告と被告の間で、別紙目録記載の債務の存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、アメリカ合衆国コネティカット州の裁判所における離婚判決に基づく被告に対する扶助料支払債務のうち、別紙目録記載の債務の存在しないことの確認を求めた事案である。

二  争いのない事実等(争いのある事実については後に証拠を掲げる。)

1  原告は、昭和六一年(一九八六年)五月二八日、アメリカ合衆国コネティカット州上級裁判所に対し、被告との離婚を求める訴訟を提起し、同裁判所は、昭和六二年(一九八七年)四月三〇日、原告と被告とを離婚する旨の判決(以下「コネティカット判決」という。)をした。(〈証拠略〉)

2  コネティカット判決には、次の各条項がある。

(一) 原告は、被告に対し、被告が生存しかつ結婚しない限り、年三万米ドル(以下「ドル」という。)の扶助料を毎月二五〇〇ドルずつ支払う(以下、この扶助料を「月払扶助料」という。)(〈証拠略〉)

(二) 原告は、被告に対し、コネティカット判決の判決日(昭和六二年四月三〇日)から六〇か月目(平成四年(一九九二年)四月三〇日)に、一括扶助料として、二万五〇〇〇ドルを支払う。(〈証拠略〉)

3  原告は、昭和六二年七月三〇日、在ニューヨーク日本国総領事の面前において、「原告が、被告に対し、離婚の慰藉料として京都市所在の不動産の原告持分(一〇〇分の二二)を譲渡することに同意する。」旨の書面(以下「同意書」という。)を作成し、これを被告に送付した。原告と被告は、その後、右持分の移転に代えて、原告が被告に対し右持分に相当する代金を支払うことに合意し、原告は、被告に対し、昭和六二年一一月三日までに、右持分代金に相当する二六四〇万円(一八万八五七一ドル。以下「二六四〇万円」という。)を支払った。(〈証拠略〉)

4  原告は、被告に対し、月払扶助料を平成三年(一九九一年)一〇月分まで支払ったが、同年一一月分以降を支払わなかった。(〈証拠略〉)

5  被告は、アメリカ合衆国メリーランド州モンゴメリー郡巡回裁判所(以下「モンゴメリー裁判所」という。)に対し、平成五年(一九九三年)四月二日、月払扶助料及び一括扶助料の支払に関し原告に対する強制執行を行うため、コネティカット判決を登録する手続をした。(〈証拠略〉)

6  原告は、モンゴメリー裁判所に対し、平成五年六月七日、「原告は、被告に対し、一八万八五七一ドルを支払った。これはコネティカット判決に基づく金員の支払であるから、現在、原告は、被告に対する扶助料の滞納はないので、その確認を求める。また、現在、原告の事業に支障を生じたので扶助料の変更を求める。」旨の訴えを提起した。(〈証拠略〉)

7  モンゴメリー裁判所は、平成五年一二月二九日、前項記載の原告の申立てのうち、原告に扶助料の滞納がない旨の確認を求める部分について、原告の訴えを退ける裁判(以下「第一決定」という。)をした。なお、第一決定には、「実体的効力を伴わない(without prejudice)」との記載はない。(〈証拠略〉)

8  モンゴメリー裁判所は、6記載の原告の申立てのうち、コネティカット判決に基づく扶助料の変更に関する部分について、平成六年(一九九四年)八月一二日、原告の経済状態の悪化を理由に、平成五年六月分以降の月払扶助料の支払義務の中断を認めた(以下「第二決定」という。)。(〈証拠略〉)

9  モンゴメリー裁判所は、平成七年(一九九五年)六月八日、原告は被告に対し、平成七年六月から毎月一五日限り、毎月二五〇〇ドルの月払扶助料を支払えとの裁判(以下「第三決定」という。)をした。(〈証拠略〉)

10  更に、モンゴメリー裁判所は、平成七年八月四日、原告は被告に対し、一括扶助料二万五〇〇〇ドル及び平成五年六月より前に滞納した月払扶助料(平成三年一一月分から平成五年五月分までの一九か月分)四万七五〇〇ドルを支払えとの裁判(以下「第四決定」という。)をした。(〈証拠略〉)

11  原告は、第一、第三及び第四決定に対して、不服申立てをしないまま、不服申立期間である各言渡の日から三〇日間が経過し、右各裁判は確定した。

12  アメリカ合衆国メリーランド州における裁判の効力等について

アメリカ合衆国において、裁判の既判力とは、既に判断された事項について、当事者が再び争うことを禁ずるものであり、原告勝訴の場合には被告が、原告敗訴の場合には原告が、当該問題の再審理を別の裁判所に要求することを許さないという効力である。

右の既判力は、確認訴訟の裁判についても生ずる。すなわち、確認訴訟において、原告の請求が認容又は棄却された場合、原告が確認を求めていた権利の存在又は不存在がそれぞれ確定することになる。

また、裁判所は、特に確認訴訟においては、一切の判断をしないとの判断をすることもでき、この場合の裁判には既判力は生じない。

既判力が生じるのは、裁判所の下した判断が、事件の本案(実体的事項)または提示された争点に関するものである場合、すなわち、技術的な手続上の理由に基づく判断ではない場合であり、かつそれが有効で最終的な判断である場合である。

裁判所が、技術的な手続上の理由によって原告の訴えを退ける場合には、既判力は生ぜず、原告の再訴が可能となるが、この裁判をする場合、裁判所は再訴が可能であることを明確にする趣旨で、裁判中に「実体的効力を伴わない(without prejudice)」旨を宣言しなければならない。さらに、裁判所の下した判断に、「実体的効力を伴うことなく」と明示がされない場合は、その判断は事件の本案または争点についてなされ、したがって既判力が生ずるものと推定される。(〈証拠略〉)

三  争点

1  濫訴を理由とする訴え却下の適否

(一) 被告の主張

原告は、モンゴメリー裁判所により月払扶助料の支払義務の一時停止を得た後、アメリカ合衆国内で再就職し、高給を得るようになった。そこで、被告が、メリーランド州の裁判所に対し、原告に対する給与の差押手続と裁判所侮辱の手続の開始を申立てたところ、原告は、日本で本件を提起したことを理由に異議を述べた。

原告は、住友電気工業株式会社の米国子会社の社長を長年勤め、その間、米国における同社の大型訴訟の陣頭指揮をとった経験があり、米国訴訟手続を熟知している。これに対し、被告は、日本に居住し、かつ、米国訴訟手続を全く知らない。そのため、第四決定を得るまでの間、被告のモンゴメリー裁判所における手続は二年の長期にも及んだ。被告は、原告から、アメリカ合衆国で離婚訴訟を提起され、やむなく離婚に伴う給付を受けることを条件にこれにしたがうこととしたのに、その後になって同国において原告によりコネティカット判決に基づく給付義務の存在を争われたために、不本意な訴訟遂行を強いられてきたのであり、この間の被告の苦痛は計り知れない。

原告は、アメリカ合衆国の裁判所においては扶助料の支払義務を免れることができなかったために、我が国において本訴を提起することにより、再度これを免れようと試みるものである。

以上の事情のもとで、モンゴメリー裁判所において敗訴した原告が、我が国で更に本訴を提起することは濫訴以外の何ものでもなく、原告の訴えは却下されるべきである。

(二) 原告の主張

アメリカの裁判所では、真実を明らかにするのに想像以上の時間と労力を要するので、原告は、原告及び被告の本国である日本の裁判所で裁判するのが相当であると考えて本訴を提起したのであり、濫訴とはいえない。

2  第一、第三及び第四決定の我が国における効力の有無

(一) 被告の主張

第一決定は、確認訴訟における裁判であるが、一切の判断をしないという裁判ではなく、本案(実体的事項)について原告の主張する権利関係の存在を認めなかった裁判であるから既判力を有する。

また、原告に対し、月払扶助料及び一括扶助料の支払を命じた第三及び第四決定もまた本案裁判であり、しかも第一、第三及び第四決定は、いずれも確定している。

第一、第三及び第四決定の裁判国における効力は、民事訴訟法二〇〇条の要件を満たす限り我が国においても承認されるから、本件において原告が弁済の主張をすることは、第一、第三及び第四決定の既判力に反し許されない。

(二) 原告の主張

第一決定には「実体的効力を伴うことなく」との記載がないから、既判力を生ずべき本案裁判と推定される。しかし、第一決定は、原告の被告に対する二六四〇万円の支払が扶助料の支払にはあたらないとは判断していないところ、それはこの事件が日本語の「慰謝料」という用語に関するものであり、それはモンゴメリー裁判所の法的及び言語的能力を超えるものであったから、実体的な判断に踏み込まなかったものである。したがって、第一決定は本案に関する判断をしていないから、第一決定が本案裁判であるとの推定は覆り、既判力は生じない。

また、既判力は、我が国においては、裁判の形式としての判決の、しかも主文に表示された判断にのみ及ぶのであって、理由中の判断には及ばない。第一決定は、いわゆる無結論裁判として既判力はない。

3 一括扶助料並びに平成三年一一月から平成五年五月まで及び平成七年六月から平成一一年三月までの月払扶助料の支払義務の消滅の有無

(一)  原告の主張

原告は、被告に対し、二3記載のとおり、コネティカット判決に基づく月払扶助料及び一括扶助料の前払として二六四〇万円を支払った(原告は、同意書に支払の理由を「慰藉料」と記載したが、これは本来「扶助料」と記載するべきところ、法律的知識が十分でなかったために誤って記載したものであり、実質的にはコネティカット判決の履行としてなされた給付である。)。右金額から一括扶助料の額二万五〇〇〇ドルを控除した残額は、月払扶助料の少なくとも六五か月分に相当するから、平成三年一一月から平成五年五月までの一九か月分及び平成七年六月から平成一一年三月までの四六か月分の月払扶助料は支払済みである。

(二)  被告の主張

右二六四〇万円の支払は、コネティカット判決に定められた月払扶助料及び一括扶助料の前払としてなされたものではなく、右判決の後に、判決で規定されなかった事項(慰謝料の支払)についてされた合意に基づくものである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

被告の主張は、要するに、モンゴメリー裁判所における敗訴の結果を覆すために、再度、本件訴訟を提起した点で、本件訴訟提起が濫訴にあたるというにあるものと解される。

そこで、検討するに、原告の本件請求が、モンゴメリー裁判所の第一、第三及び第四決定の既判力に反するのであれば、原告の請求は棄却されることとなるから、被告としてはあえて訴え却下の判決を求める必要が認められず、逆に、既判力に反しないのであれば、原告の裁判を受ける権利を考慮すれば、原告が本件訴訟を我が国において提起する利益が認められるのは明らかである(なお、既判力に関しては、次項以下において検討する。)から、この点に関する被告の主張は理由がない。

二  争点2について

1  原告と被告との間のアメリカ合衆国における裁判の経過について

前判示(事案の概要二)の事実及び証拠(〈証拠略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和六二年四月三〇日のコネティカット判決には、一括扶助料及び月払扶助料の支払の他、原告は、被告が原告を被保険者とする生命保険金を受け取れるようにすること、原告は、大阪府所在の不動産の所有権を被告に移転し、これに先だって右不動産に原告のために設定された抵当権によって担保される借入金債務合計一〇万五〇〇〇ドルをコネティカット判決の日から六〇か月以内に返済すること、原告は被告に対し、弁護士費用を支払うこと等が規定されていた。

(二) 被告は、平成五年四月二日、原告に対する強制執行を行うため、コネティカット判決をモンゴメリー裁判所に登録する手続をした。

(三) 原告は、モンゴメリー裁判所に対し、平成五年六月七日、次の内容を要求する申立てをした。

(1)  原告が、被告に対して支払った、二六四〇万円は、コネティカット判決に基づいて支払うべき扶助料に充当され、被告は原告に対して月払扶助料を支払わなかったことによる滞納分を請求する権利がないことを確認する命令を本裁判所が下すこと。

(2)  モンゴメリー裁判所が、原告及び被告の財政状況の実質的かつ重大な変化により、原告が、被告に対し、今後負うべき扶助料の支払義務を軽減すること。

(3)  モンゴメリー裁判所が正義と公平であると考える、原告に対するその他の関連する救済手段を命ずること。

(四) 原告及び被告は、モンゴメリー裁判所が前項(三)記載の申立てを審理する手続の中で、モンゴメリー裁判所に対し、コネティカット判決に規定された生命保険と抵当債務の問題についても判断するよう求め、これに加えて、原告は、一括扶助料の支払について、被告は、弁護士費用について、更に判断を求めた。

(五) モンゴメリー裁判所は、平成五年一二月二九日、原告の申立てのうち、毎月の扶助料の滞納分の請求権が被告にないことの確認を求める部分(前記(三)(1) )について、原告の申立てを退ける裁判(第一決定)をし、その余の申立てについては、補助裁判官に差し戻した。

(六) 前項(五)の裁判で差し戻された事項について更に審理をするため、平成五年一二月二九日、補助裁判官の面前でヒアリングが開かれた。

(七) 補助裁判官は、平成六年三月一〇日、事実認定及び勧告をした。その内容は次のとおりである。

(1)  原告の申し立てた今後の扶助料の軽減(前記(三)(2) )について、原告の経済状態の悪化を理由に、平成五年六月分以降の月払扶助料の支払義務を中断すべきこと。

(2)  被告の弁護士費用については五〇〇〇ドルを相当とすること。

(3)  原告は、被告に対し、一括扶助料を支払っていないこと。

(4)  四万七五〇〇ドルの月払扶助料の支払が遅滞に陥っていること。

(5)  被告及び三人の子の生活費。

(八) 被告は、補助裁判官のした前項(七)の扶助料の減額(1) 、被告の弁護士費用(2) 及び被告らの生活費(5) の判断について、異議を申し立てた。原告及び被告は、前項(七)の(3) 及び(4) の事実認定については、いずれも異議を申立ての機会があったにも関わらず、異議を申し立てなかった。

(九) モンゴメリー裁判所は、平成六年八月一二日、被告の前項(八)の異議申立てのうち、扶助料の変更及び生活費の認定に関する申立てを退け(なお、扶助料の変更に関する異議の申立てを退けた裁判が第二決定である。)、弁護士費用に関する申立てを認め、(四)記載の生命保険、抵当債務及び一括扶助料の各問題については、補助裁判官に差し戻した。

(一〇) 前項(九)の裁判で差し戻された事項について更に審理をするため、平成七年一月二五日、補助裁判官の面前でヒアリングが開かれ、補助裁判官は、同年三月九日、事実認定及び勧告を発した(なお、この事実認定及び勧告における争点は、前項の裁判により差し戻された事項及び平成七年一月二三日の理由開示命令に基づく裁判所侮辱の問題点に絞られていた。)。被告は、これに対して異議を申し立てたが、原告は、反論あるいは異議の申立てをしなかった。

(一一) モンゴメリー裁判所は、平成七年五月二五日、ヒアリングを開いた上で、同年六月八日、被告の異議を認め、次の内容の決定をした。

(1)  原告は、被告に対し、抵当債務を支払うべきこと。

(2)  原告は、被告が原告を被保険者とする生命保険金を受け取ることができるようにすること。

(3)  原告は、毎年三万ドルの月払扶助料の支払を再開し、平成七年六月一五日から、以後毎日一五日までに、毎月二五〇〇ドルずつ支払うべきものとすること(第三決定)。

(4)  原告は、原・被告間の子の養育費支払の義務を履行すべきこと。

(一二) 被告は、モンゴメリー裁判所に対し、平成七年七月六日、追加判決を求める判決変更申立書を提出し、原告は、これに対する異議を申し立てた。これを受けて、モンゴメリー裁判所は、平成七年八月四日、平成七年六月八日の判決を補足して、次の内容の決定をした。

(1)  原告は、被告に対し、既に履行期にある一括扶助料二万五〇〇〇ドルを支払うべきこと(第四決定)。

(2)  原告は、被告に対し、平成五年六月より前に滞納した月払扶助料四万七五〇〇ドルを支払うべきこと(第四決定)。

(3)  原告は弁護士費用、訴訟費用その他諸費用の負担として二万ドルを支払うべきこと。

2  第一決定は、確認訴訟において一切の判断をしない旨の裁判か否かについて

(一) 前判示(事案の概要二及び争点に関する判断二1)の事実及び証拠(〈証拠略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  第一決定は、原告に扶助料の滞納がない旨の確認を求める原告の申立てを退ける内容の裁判であった。

(2)  アメリカ合衆国メリーランド州裁判所は、確認訴訟について、請求を認容し、あるいは請求を棄却する本案に関する裁判の他、本案について一切の判断を行わないという裁判をすることができるものの、一切の判断を行わないという裁判を裁判所がすることができる裁量は無制限ではない。すなわち、裁判所は、一切の判断しないという裁判をすることを正当化できる何らかの手続上の理由が存在する場合又は制定法に列挙されるところの、裁判により訴えの原因となる不確定要素や紛争を終結させることができない場合にのみ判断をしない裁量があるにすぎない。さらに、裁判所が、制定法に列挙された事由により裁判を行わない場合には、裁判中にその理由を述べておく必要がある。

(3)  第一決定では、裁判中に、裁判を行わない理由が述べられていない。

また、本件全証拠によっても、一切の判断を行わないという裁判をする裁量権を基礎づける手続上あるいは制定法上列挙された事情を見いだすことはできない。

さらに、原告がモンゴメリー裁判所に対して求めたのは、被告に対し二六四〇万円を支払ったことにより扶助料の滞納がないこと、すなわち、一定期間の扶助料の支払義務がないことの確認であったのであり、それは扶助料支払義務の存否について宣言すれば解決する紛争であった。

加えて、モンゴメリー裁判所は、第一決定の後に、第二ないし第四決定をしており、これらの裁判は原告が被告に対して支払った二六四〇万円が扶助料の前払とならないことを前提としており、かつこれらの裁判がなされる過程において、原告が扶助料の支払義務が右前払により消滅していると主張した形跡はない。

(二) 以上の事実に照らすと、第一決定は、一切の判断を行わないという裁判ではなかったものと認められる。

3  第一決定が本案裁判であるとの推定は覆るか否かについて

(一) 前判示(事案の概要二)の事実並びに証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  第一決定には、「実体的効力を伴わない」という文言はないから、既判力を有する本案裁判と推定される。

(2)  右の推定が覆る場合、すなわち、実体的効力を伴わない旨の宣言がされていなくても既判力が生じないのは、原告の訴えに技術的又は手続的な不備があり、そのために訴えが退けられる場合である。この原告の訴えを退ける裁判は、事実審理が行われる前になされる。

第一決定は、「原告が一九八三年に日本国内で相続を受け、離婚直後にその移転を完了した不動産の代金相当額である一八万八〇〇〇ドルが扶助料及び扶養として原告から被告に支払われたものであるとの確認を求める原告の申立て」(乙三号証の一、二)について、その支払がどのような法的意味を有するのかについての判断を示してはいないが、モンゴメリー裁判所は、平成五年一二月二八日、一日かけて数名の証人に対する尋問(この中には甲八号証を作成したカール・グリーンに対する尋問も含まれる。)を行った結果、同月二九日、法律問題として、原告の申立てが事実であると裁判所を説得することができたと決定することができない旨の裁判を言い渡した。

(二) 右(一)(2) で認定した事実によれば、モンゴメリー裁判所は、事実審理をした上で第一決定をしていることが認められる一方で、原告の申立てに技術的または手続的な不備があったと認めるに足りる証拠はなく、逆に、第一決定の文言を素直に読む限り、原告の被告に対する二六四〇万円の支払が扶助料の前払であることについて立証責任を有する原告が、その立証に失敗した結果敗訴した裁判であるとみるのが自然であること及び先に認定したとおり、第一決定の後、モンゴメリー裁判所は、第二ないし第四決定をしており、これらの裁判は、原告が被告に対し支払った二六四〇万円が扶助料の前払とならないことを前提としており、かつこれらの裁判が下される過程において、原告が扶助料の支払義務が右前払により消滅していると主張した形跡はないことをも考慮すると、本件証拠に現れた全事情を総合しても、第一決定が本案裁判であるとの推定を覆すに足りるとはいえない。

4  第一、第三及び第四決定の我が国における効力について

(一) 前判示(事案の概要二及び争点に対する判断二1)の事実によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  メリーランド州において本案裁判が下され原告が敗訴した場合に、原告は、当該問題の再審理を別の裁判所に要求することが許されない。

モンゴメリー裁判所は、第一決定において、原告が扶助料の滞納分の支払義務の不存在の確認を求めた申立てを退け、また、原告に対し、第三決定において、平成七年六月から将来にわたって月払扶助料を支払うよう命じ、第四決定において、当時既に弁済期を徒過していた一括扶助料及び平成三年一一月分から平成五年五月分までの一九か月分の平成五年六月より前に滞納した月払扶助料の支払を命じた(なお、〈証拠略〉並びに弁論の全趣旨によれば、第三及び第四決定は、既判力を有する本案裁判であると認められる。)。

(2)  以上の事実に照らすと、前判示(事案の概要二3)の二六四〇万円の支払がコネティカット判決に基づく一括扶助料及び月払扶助料の前払として支払われたという原告の主張は、モンゴメリー裁判所において第一、第三及び第四決定がされる過程で、既に退けられたというべきである。そうすると、原告は、メリーランド州においては、もはや、これと同様の主張をして訴えを提起することが許されないこととなる。

(二)(1)  ところで、外国判決が民事訴訟法二〇〇条の要件を満たす場合、その判決が判決国法上有する効力は我が国においても承認され、この理は同条の要件を満たす限り裁判の形式ないし名称の如何を問わないと解するのが相当である。

(2) 〈1〉 前判示(事案の概要二)の事実及び弁論の全趣旨によれば、モンゴメリー裁判所が外国裁判所であること、第一、第三及び第四決定がモンゴメリー裁判所でなされ、確定した民事裁判であること(以上民事訴訟法二〇〇条柱書)、本件について法令または条約でモンゴメリー裁判所の管轄は否認されないこと(同条一号)、被告は、日本国民で、第一、第三及び第四決定において、勝訴していること(同条二号)を認めることができる。

〈2〉 本件全証拠によっても、第一、第三及び第四決定の内容及び裁判手続に関し我が国の公序良俗に反すると評価されるべき事情(同条三号)は認められない。

(3) 〈1〉 同条四号に関し、証拠(〈証拠略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

メリーランド州は法律(統一外国金銭判決承認法)により金銭の支払に関する外国の判決の効力を承認している。同州の先例上、統一外国金銭判決承認法は婚姻または家族関係事件の扶養に関する判決には適用されないが、同法が離婚に伴う扶助料の支払に関する裁判を一般原則に立ち返って承認することまで否定する趣旨ではないと解されている。そして、同州の判例は、外国裁判所で下された判決は判決及び判決国の裁判所に当然与えられるべき礼譲によりアメリカ合衆国において承認されるという同国の一般原則を認め、この原則の下で、外国裁判所に管轄権がない場合、判決国の法的手続が適正手続に反するなど外国判決を承認すべき州の公序良俗に反する場合及び判決が詐欺により取得された場合等は外国判決は承認されないが、それ以外の場合には礼譲の原則により外国判決が承認されるとする。

〈2〉 右において認定した事実に照らすと、メリーランド州において、離婚に伴う扶養義務等の履行を命ずる我が国の判決は、民事訴訟法二〇〇条各号所定の条件と重要な点で異ならない条件の下に効力を有するものとされていると認めることができる。

(三) 以上により、第一、第三及び第四決定のメリーランド州における効力は本件に関し我が国においても承認されるから、原告が、我が国においてこれらの裁判と同一の実体的問題についての判断を要することとなる。本件訴訟を提起して、一括扶助料の支払をしかつ月払扶助料の前払をしたとの主張をすることは、第一、第三及び第四決定の既判力に反し許されない。

三  争点3について

この点に関し、原告が、本件において、二六四〇万円の支払が一括扶助料及び月払扶助料の前払としてされたとの主張を原告の主張することは、二で認定したとおり、第一、第三及び第四決定の既判力に反し許されない。

四  以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 松井英隆 裁判官 齋藤聡)

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